中医を正規の医学として

認可するまで中医廃止派と中医派の対立が続いた。

やがて正規の医学として認可すると、逆に冷戦時代にはアメリカ合衆国やソ連を中心とする西洋文明に対抗し、東洋文明の価値を宣伝するべく鍼灸治療をメディアに紹介した。

改革開放の波に乗って市場経済社会主義を標榜するようになってからは、中国国内での鍼灸への評価は多様化しているが、一方では一種の「頭脳流出」ともいえる現象も起きていて、優秀な中医や鍼灸師がよりよい活動の場を中国国外に移住するケースもよく見受けられるようになった。

日本前近代日本では、鍼灸は遣隋使や遣唐使の伝来と共に伝わったと言われている。

鍼灸の伝来と共に鍼灸は律令制度に取り入れられて針博士が任命され、日本の医療の一部として浸透し始める。

丹波康頼の『医心方』には鍼灸の条文が記載されているが、鍼の使用法については外科的なものばかりであり、現代のような金元明医学の鍼法とは大きく異なる。

灸法についても、現在のような経脈を意識したツボの使用法ではなく、特効穴的な選穴か、鍼と同じく外科的な使用法である。

これらは『千金方』や『外台秘要』など。
update:2010年02月09日